あの日から73年。8月6日だからこそ考えられることに想いを巡らせる

8月6日。広島にとっては特別な1日です。
広島県安芸高田市向原町の出身ですが、幼稚園に通っているころから、この日、広島で起こったことを学んできましたし、小学校・中学校と、毎年8月6日は登校日でした。
物心ついた年から、平和について、原爆について、考えない年はなかったと言っても過言ではありません。息子が通う小学校も、今日は登校日。8時15分に黙祷をし、静かに祈りを捧げたそうです。

祖父と祖母は原爆を経験しており、僕は被爆三世となります。小さな頃から、おじいちゃんとおばあちゃんからは、いろんな話を聞きました。
そのなかでも印象の残っているのは「あの頃は1日1日を生きるだけで精一杯。命がある以上、亡くなった人のためにも、自分ができることをして生きるしかなかった」という言葉です。

73年前の8月6日。原爆が落ち、広島で暮らしていた多くの人が犠牲となり、焼け野原となった広島の街には、二度と草木が生えないと言われていたようです。それでも広島の街は、逆境に怯むことなく、みずからの力で立ち上がり、復興の道を歩んでいきました。
たくさんの想いが積み重なって、「いまの広島」があります。
復興を諦めなかった街で、いつもと変わらぬ「日常」を過ごすことができる幸せ。その幸せに感謝して、「今」を大切に生きていくことが、僕たちにできることであり、日本を、広島を守ってくださった方々、そして、復興に携わった方々の気持ちに応えることになるのではないかと思います。

平和とは?
広島とは?
8月6日だからこそ考えられることに想いを巡らせ、
この「日常」が続いていくことを願い、毎日を懸命に生きていきたいと思います。